最新ホットニュース22! 2007/03/03更新 


 パパも育児参加を! 

 明和で「子育てママ支援に広場」が新聞に掲載されました。 

 子育て支援イベント「子育てママ応援★ワクワク広場in明和」が27日、明和町中村のイオン明和ショッピングセンターで開かれた。
 子育てを経験した女性らでつくる津市のマーケティング会社「キャリア・プレイス」が、1月に続いて開いた。
 会場では、子育てに関する相談や展示のコーナーが用意され、県の家庭生活に関する調査結果のパネル展示では、男性が育児に参加する時間が、先進諸国と比べて著しく短い現状などを紹介した。
 今回は絵本50冊を同意し、不要になった絵本と交換する「絵本かえっこバザール」を初めて企画。来場者は家庭から絵本を持ち寄り、気に入った絵本を選んでいた。
 
(平成19年2月28日付け中日新聞より)
Photo:子育てについて話し合う来場者ら

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 伝統と現代の美、個性的! 

 伊勢で「初の織り染め展」が新聞に掲載されました。 

 松阪木綿の伝承活動に取り組んでいる「ゆうづる会」の会員有志が、新たに「手織りの会 あさぎり」を結成。初の作品展「織り染め展」を、伊勢市二見町の旅館「麻野館」で開いている。3月4日まで。入場無料。
 メンバーは、代表の森谷尚子さん(62)=松阪市下村町=ら11人。ゆうづる会での活動にとどまらず、染めの講習を受けたり、奄美大島や八丈島など他の織物産地を視察に訪れ、さまざまな繊物を学んでいる。
 「あさぎり」は、こうした活動の成果を紹介しようと立ち上げた。会場の広間では、着物を裂いてほどき、横糸などに使う「裂き織り」のバッグやタペストリー、草木染のスカーフなど約300点を展示している。
 松阪木綿の手織りによる草履やネクタイなども紹介。森谷さんは「松阪木綿の伝承活動も続けながら、いろいろな織物や染めの勉強会も少しずつ進めていきたい」と話している。
 (平成19年2月28日付け中日新聞から)
Photo:さまざまな素材を生かした作品を紹介する織り染め展

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 頑張る18歳、卒業に花! 

 多気で「高校生部門で最優秀」が新聞に掲載されました。 

 料理人を目指す学生たちの登竜門とされる「第22回調理師養成施設調理技術コンクール」で、多気町相可の相可高校食物調理科3年、斎田雄司君(18)=伊勢市藤里町=が高校生の最優秀賞「高等学校賞」に輝いた。
 同コンクールには全国の専門学校や高校から306人が参加。書類審査を通過した211人が2月21、22日に東京都内で開かれた最終審査に進んだ。
 和洋中の3部門のうち、斎田君は日本料理部門に出場。キャベツの千切りの技術を競う規定課題と、それぞれ発案した料理を実際に作る自由課題に臨み、3部門共通で高校生として最高点を獲得した。
 同時に高校生としてただ1人、日本料理部門の日本技能調理師協会長賞を受賞した。
 斎田君が挑んだ料理名は「桜宴〜風味絶佳〜」。エビ、サクラダイ、タケノコなどの食材で、吸い物と口代わり(前菜)、煮物の3品を作った。桜の花びらやチョウをかたどった野菜を添え、花畑をイメージして彩り豊かに盛り付けるなど、豊かな発想と確かな技術が高く評価された。
 斎田君は「3年間の集大成として実力を発揮できた」と会心の表情。4月からは岡山県内の大学で、食文化を学びながら教員免許の取得を目指す。「母校の教師として後輩たちに料理の魅力を伝えたい」と夢を膨らませた。
 (平成19年3月1日付け中日新聞から)
Photo:プロ料理人への登竜門で高校日本一に輝いた斎田君

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 初日から大にぎわい! 

 松阪で「初午大祭」が新聞に掲載されました。 

 県内の仏教寺院の祭礼では最大とされる「初午(はつうま)大祭」が28日、松阪市中町の岡寺山継松寺で始まり、平日にもかかわらず大勢の参拝客でにぎわった。
 同寺の初午大祭は、本尊の如意輪観音に、聖武天皇が厄よけを祈願したとの言い伝えに由来する。今年も厄年や還暦を迎えた男女などが続々と参拝。19歳の厄を迎えた女性は晴れ着姿で訪れ、境内を華やかに彩った。
 「厄落とし」にちなんでハンカチを落としていく風習もあり、参拝客は境内に置かれたかごの中に次々と持参したハンカチを投げ込んでいった。
 寺周辺は歩行者天国となり、通りには屋台約350軒がずらり。「厄を弾き去る」という郷土玩具「さるはじき」も売り出され、多くの人が家内安全や無病息災を願って買い求めていた。
 1日は「本日(ほんび)」、2日は「余福祭(よふくさい)」で祭りを締めくくる。
 (平成19年3月1日付け中日新聞から)
Photo:晴れ着姿で厄よけを祈願する参拝者たち

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 渋滞緩和に期待大! 

 松阪で「42号バイパス4日開通」が新聞に掲載されました。 

 松阪市中心部から多気町にかけての幹線道路の渋滞緩和を図る「国道42号松阪多気バイパス」のうち、松阪市上川町の県道松阪環状線と同市朝田町の県道鳥羽松阪線を結ぶ1.3キロが4日、開通する。
 今回開通する区間は、宮町交差点の渋滞緩和を図るため、国土交通省中部地方整備局が2001年に着工。近鉄山田線と交わる地点は跨(こ)線橋を設けた。事業費は約60億円。当日は午後1時半から開通式があり、同4時半から通行できる。
 松阪多気バイパスは1987年、総距離11.9キロの計画で事業がスタート。これまでに、同市射和町から多気町仁田までの3.1キロと、同市朝田町から同市古井町までの2.4キロが新設道路として開通している。
 今後、同市下蛸路町の県道59号から分岐する道路を新たに整備し、08年度前半までに計画を終える。
 (平成19年3月1日付け中日新聞から)
Photo:4日に開通する松阪多気バイパス

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 釣果は上々、30センチ級も! 

 大台で「アマゴ漁解禁」が新聞に掲載されました。 

 大台町の宮川上流で1日、アマゴ漁が待望の解禁を迎えた。夜明けと同時に太公望たちが繰り出し、初釣りを楽しんだ。漁期は9月末まで。
 宮川上流のアマゴは2004年秋の台風21号豪雨災害で在来種が激減した。宮川上流漁業協同組合は昨年から2年間、宮川ダムより上流と全支流を禁漁区にして、在来種の保護に努めている。
 ここ数日にない冷え込みとなった解禁初日、同町桧原の川島建さん(70)は、早朝から体長30センチ近い大物を含む10匹を釣り上げ「上々の釣果」と満面の笑み。大半は自宅近くの支流へ再び放流するという。
 同漁協は昨年11月と今年2月16日、計470キロの稚魚、成魚を放流。今後の釣果に応じて追加放流を検討していくという。水谷幸夫組合長(57)は「災害以来、低迷が続く釣り客数の回復を図り、かつての宮川を取り戻したい」と期待を込めた。
 (平成19年3月2日付け中日新聞から)
Photo:待望の解禁を迎えてアマゴ漁を楽しむ愛好者

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 森林資源見直し、あすからフェア! 

 大台で「森の国工房フェア」が新聞に掲載されました。 

 大台町の豊かな森林資源の再発見を目指す「森の国工房フェア2007」が3、4日、同町薗の奥伊勢フォレストピアで開かれる。
 町内で木工、製材業に携わる16の個人、団体が企画。木工品の展示即売や製作体験を通じて、木との触れ合いの場を提供する。
 丸太のベンチや無垢(むく)材の座卓から、本立て、置物など、地元産木材を用いた多種多様な手作り品がそろう。体験コーナーでは、出展者が指導して、小枝を使った昆虫やスギ端材のプランター、小物入れなどを作ってもらう。
 出展者の1人、谷藤重美さん(63)=同町高奈=は「町の財産としての森林と、基幹産業である林業の大切さを伝える機会になれば」と来場を呼び掛けている。

 (平成19年3月2日付け中日新聞から)
Photo:来場を呼び掛ける谷藤さん

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 元気なロックあす披露! 

 松阪で「心の病持つ音楽好きら」が新聞に掲載されました。 

 心の病を抱える音楽愛好者らでつくるロックバンド「With(ウイズ)」が3、4日、松阪市立野町のみえこどもの城で開かれる障害者支援イベント「バイタリ! 松阪人ショー2007」に出演する。本番を直前に控え、メンバーは「元気な音楽を奏でたい」と意気込んでいる。
 「With」は、同市下村町の精神障害者向け相談支援事業所「こだま」の在宅利用者とスタッフが5年前に結成。現在は20〜40歳代の男女10人で活動している。月2回の練習を続け、系列病院の演芸会などに出演。ビートルズやスピッツなど古今東西の多彩な曲を披露している。
 今年で3回目のバイタリ! 松阪人ショーは、地域住民らの前で演奏する唯一の機会として欠かさず出演。障害の有無という壁を越え、共生を目指して多くの人々が集う舞台は、メンバーたちにとって大きな励みになっているという。
 今回は「誰もが親しみやすい曲を」と、全員で選んだレベッカ「フレンズ」やスピッツ「チェリー」など4曲を演奏。1日の全体練習では息の合った演奏に乗り、はつらつとした歌声を響かせた。
 Withの出演は3日午後1時ごろから。ボイストレーニングに通っているというボーカルの女性(40)は「待ちに待った晴れ舞台」、ギター歴20年の男性(36)は「年1回の貴重な機会なので頑張りたい」と張り切っている。
 (平成19年3月2日付け中日新聞から)
Photo:晴れ舞台を直前に控え、練習に励むWithのメンバーたち

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 斉田君が日本一! 

 多気で「相可高生、協会長賞と高校賞、受賞が新聞に掲載されました。 

 調理技術高校生日本一・・・。多気郡多気町相可の県立相可高校(林善人校長、約720人)の食物調理科3年・斎田雄司君が、2月21、22両日に東京都で開かれた「第22回調理師養成施設調理技術コンクール全国大会」で協会長賞を受賞した。高校生の中では最高得点を納め、高等学校賞も受賞。“日本一”の称号を手に、高校生活に有終の美を飾った。
 同コンクールは、社団法人全国調理師養成施設協会(服部幸應会長)が主催。内閣府や文部科学省などが後援し、調理のプロを目指す全国の専門学校生や高校生が一堂に集い、その技術を競う最も大きな大会。
 斎田君は、3年間で学んだ技術のすべてを出し切り、「桜宴〜風味絶佳〜」と名付けた日本料理を披露した。
 エビやサクラダイなどを使用し、自らの門出にふさわしい「春」をイメージ。ユリネを花びらに見立てて飾り包丁を入れ、それを赤いシロップに漬け込んで花びらの周囲を薄ピンクに染めるなど、織細な技術を見せ、吸い物、口代わり、煮物を作り上げた。
 その技術の高さが評価され、協会長賞を受賞し、総合得点が参加高校生中最も高得点だったため、高等学校賞も受賞した。
 斎田君は「大きな大会で有終の美を飾れてうれしく思います」と感無量。4月から、岡山県の大学で食べ物の販売や流通を学ぶフードマネジメント学科でさらに勉強を続け、「家庭科教員の資格を取得して帰ってきたい」と、新たな目標を掲げている。
 (平成19年3月2日付け夕刊三重新聞から)
Photo:有終の美を飾り喜ぶ斎田君

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 7メートルの長龍、1時間舞う! 

 多気で「雨ごいや豊作祈る伝統行事」が新聞に掲載されました。 

 多気郡多気町片野の八柱神社で21日午後1時から、伝統の長龍(ちょうろう)神事が奉的される。夫婦のてんぐや八岐大蛇(やまたのおろち)を表現した“体長”7メートルの長龍が登場する1時間もの舞いが見もので、現在、保存会の人たちが片野地区コミュニティーセンターに週1回集まって、本番に向けて練習を行っている。
 長龍神事は、素戔鳴尊(すさのおのみこと)が八岐大蛇を退治したという出雲神話を、同地区のアレンジを加えて再現した舞い。雨ごいや五穀豊穣(ほうじょう)を祈る意味もあり、毎年多くの見物客らでにぎわう。
 以前は、同地区内14の組が毎年持ち回りで行い、その後は各組の組長らを集めて続けていたが、毎年人が入れ替わると神事の原型を保つのが難しいため、2002年からは有志で結成された片野長龍神事保存会(野呂景市会長、16人)が奉納を執り行っている。
 同会は、口頭で伝わってきたため原型が定まりにくくなってきた部分などについて「5年をめどに基本的な形を作る」ことを目標とし、この行事の歴史をひもといたり、意見を出し合って創意工夫を重ねてきた。今年がその5年目で、会員らもより一層練習に力がこもっている。
 当日は、素戔鳴尊に見立てた赤てんぐと、その妻とされる黒てんぐが、八岐大蛇を表す長龍退治をする、長龍は重さ15`もあるという獅子頭を用いるため、舞い手は大変だという。
 神事は、退治の成功と無事を祈る拝礼から始まり、約1時間かけて行われる。酒を飲み「ちょうろーろーろー」と大声を上げながら狂乱する龍の姿や、重さが100貫(375キロ)あるという鉄の棒を扱うてんぐの姿など迫力の演技が見もの。また神事の最後には、希望した子ともたちが全長約7メートルの長龍の胴体の中に入り、さらわれた子どもらを演じる。てんくらの力で胴体から引きずり出して無事助けられて神事は終了する。助け出された子どもは、1年間健康でいられるという。
 野呂会長(53)は「5年間やれるだけのことをやったので、まだ課題は残るが、ほぼ満足しています。旧勢和村のころから伝わる伝統ある神事を、合併した多気町の人らをはじめ、多くの人に見てもらいたい」と話している。神事終了後はもちまきもあり、同会は多くの人が訪れるのを楽しみにしている。
 (平成19年3月2日付け夕刊三重新聞から)
Photo:野呂会長(右)と主役のてんぐを演じる中川さん(左)

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 木炭を活性化の燃料に! 

 松阪で「窯を復活、交流の場生まれる」が新聞に掲載されました。 

 松阪市与原町の住民有志でつくる「与原町むらおこし会」が、かつて町内で盛んだった「炭焼き」で、地域の再生を図ろうとしている。四方を山に囲まれた集落は過疎化が進み、住民の高齢化も著しい。環境浄化の力で再び注目を集めている木炭が、衰退の一途をたどる山里を活性化させる「燃料」となるか・・・。
 「昔はどの家にも炭焼き窯があって、冬になると競うように煙を上げていたものだよ」。約35年前まで炭焼きをしていたという長谷川隆平さん(76)は、こう当時を振り返る。
 与原町は1955(昭和30)年、当時の宇気郷村与原が松阪市に編入して誕生。旧嬉野町境にある山あいの小さな集落で、住民の生活を支えていたのが、この炭焼きだった。長谷川さんは「遠くは名古屋まで出荷したほど。木の成長が追いつかないぐらい、木炭の需要は高かった」と話す。
 が、エネルギー源が石油へと移り、木炭の需要が激減。炭焼き窯は次第に姿を消し、過疎化にも拍車がかかった。昭和40年には300人近かった人口も、今ではわずか81人。ほとんどが65歳以上の高齢者で、集落は「火が消えた」ように静まりかえっている。
 「このまま何もしなければ、集落は存続できなくなってしまう」。そんな危機感から2006年4月、当時の自治会長の丸下保郎さん(71)が呼び掛け、むらおこし会を結成。地域活性化の「原動力」として目をつけたのが、かつての特産品の木炭だった。
 環境浄化の作用で再び注目を集める炭を、どんな形で村おこしに生かしていくのか。話し合いを進めた結果、昔ながらの窯を「復活」させて炭を作り、荒廃した田畑の土壌を改良することに。まずは、地元の畑で試験的に木炭の粉末を使い、土壌の変化や成果をPRしていくことになった。
 今年1月には、町内の空き地で炭焼き窯と小屋の制作に着手。2月初めに窯が完成し、スギの間伐材やクヌギなどを使った炭焼きを始めた。
 2月25日の早朝に行われた窯開きには、住民15人が集合。入り口を開けて炭が取り出されるのを見届け、丸下さんは安堵(あんど)の声を漏らした。「心配だったけれど、出来は上々。計画の第一歩を踏み出すことができた」
 窯ができて、集落は少しずつ、だが確実に活気を取り戻しつつある。炭焼きは家にこもりがちだったお年寄りたちに生きがいを与え、窯の回りに新たな交流の場を生み出した。会員以外の住民からも「炭焼きの経験を生かして、村おこしに協力したい」という声も上がるようになった。
 一方で、会の運営資金の不足や会員の高齢化など、課題も少なくない。
 特に、メンバーの大半が高齢者で、活動を引き継ぐ後継者の確保が急務だが、めどは立っていない。会では、都会で定年を迎えた人に町内の空き家を提供し、移住してもらう計画を検討。丸下さんは「炭焼きに興味があれば、ぜひ一度見に来てほしい」と訴える。
 会の立ち上げ時から支援してきた松阪県民センター地域・防災室の高部典幸さんは、一連の取り組みが「過疎集落再生のモデルケースになる可能性もある」とみる。「地域づくりに前向きな人がそろっている。与原町と炭焼きの魅力をうまく発信していけば、軌道に乗っていけるのでは」と期待を込めた。
 (平成19年3月3日付け中日新聞から)
Photo:復活した炭焼き窯から炭を運び出す「与原むらおこし会」のメンバーたち

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